平成31年2月度 教会長のお話

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     2月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

     

     今月は、『 人を思いやる「心の習慣」というテーマを、

     ◎ 得は徳に通じる ◎ すべては一つ の2段落でご解説いただいた。

     

     まず、『 得は徳に通じる 』の段落では、

     

    〇街の中で困っている様子の人を見かけたとき、みなさんはどうされるでしょうか。そばに寄って声をかける人も多いと思いますが、気にかけながらも、よけいなお世話かもしれないと、近づくのをためらう人もいることでしょう。私たちはふだん、ものごとを損得勘定で判断し、得にならないことには消極的になりがちです。人は、なかなか欲得ずくの心を超えられないのです。

    損得の「得」は道徳の「徳」に通じる、といわれます。

     一文の得にもならないと思われることであっても、人さまを思うがゆえの実践は、それを行う人の徳分として、人間的な成長など尊い心の財産になります。人として成長したいと願う欲得が、人間性の向上という「徳」を招き寄せるという意味で、「得」は「徳」に通じるということです。

     ただ、そのことがわかっていても、困っている人を見て「なんとかしてあげたい」と願う気持ちを実際の行動に移す、その一歩を踏みだす勇気が出ない人もいます。

     無量義経に、「憐愍[れんみん]の心を生じ大慈悲を発[おこ]して将[まさ]に救抜[くばつ]せんと欲し、又復[またまた]深く一切の諸法に入れ」(説法品[せっぽうほん])とありますが、これは菩薩に「目の前の人を憐れみ、思いやりの心を奮い立させて、『苦しみから救い出そう』と決心しなさい」と教える一節です。そして、そのためには「自分本位のとらわれや執着を離れて、ものごとの真実を見極めるよう精進することが大切です」と説かれています。

     要するに、なかなか損得勘定を捨てられない私たちでも、精進によって欲得ずくの心を超えることができ、それが心の習慣になれば、どのようなときでも損得勘定に惑わされずに、人を思いやる気持ちを自然に行動にあらわせるということです。

     

     

     『 すべては一つ 』の段落では

     

    〇「雪が降ったら/寒かろう/冷たかろうと/お墓に/傘をさしに行く/幼子亡くした/お母さん」

     このような詩の一節を目にしたことがあります。子を亡くした母親の、切ない気持ちがよく伝わってきます。それと同時に、菩薩が人を思いやる心情というのはこういうことではないか、と教えられた気がしたのです。

    〇先に述べた、「自分本位のとらわれや執着を離れて、ものごとの真実を見極める」というのは、この母親のように、自分と相手を一つと見ることです。さらに、すべてを一つと見れば、人の喜びや悲しみがよくわかり、そうしてわきあがる憐みの心や慈悲の心に突き動かされて、思いやりを行動に移せるのです。「すべては一つ」という見方によって、思いやりが「心の習慣」になるということです。

     以前、開祖さまの生誕地の新潟県十日町市を訪ねた時、公園に建つ開祖さまの胸像が雨に打たれているのを見て、私も師父[しふ]に傘を差しかけた覚えがあります。いつでも、だれに対しても、自然に思いやることができるよう、私もいっそう精進をしてまいりたいと思います。

     ただ、至道無難禅師[しどうぶなんぜんじ]は「慈悲して慈悲知らぬとき、仏というなり」と教えています。相手と一つになれば、慈悲をしているといった意識もしないまま、その思いやりがお互いの喜びや心の成長に結ばれていくのです。

     

     と、締めくくられた。

     

     今月は、「無量義経」を引用され、「無量義修学の順序」をお示しいただき、「無量義は一法より生ず、その一法とは実相なり」の内容から、諸法の実相(「自分本位のとらわれや執着を離れて、物事の本質を見極める」)の解明が、「法華経」の課題であり、人としての実相、 “ 仏性の自覚 ” を1月号で会長先生は促してくださいました。

     しっかりと法華経を学ばせていただくことの重要性をご指導いただき、あらためて「三つの基本信行」の実践、中でも「ご法の習学」を深めることを決意させていただいた。    

                                                                                       合掌

     

                                                                   立正佼成会 姫路教会

                                  たかとし

                             教会長 吉 田 高 聡

     

     

     


    平成31年2月度 姫路教会行事予定

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      2月 1日(金)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

              19:00〜21:00  夜間朔日参り(当番姫路東・姫路西・

                      相生・加古川第一支部)

       

      2月 3日(日) 9:00〜    節分会


      2月 4日(月)   9:00〜    開祖さまご命日 

       

      2月10日(日) 9:00〜            脇祖さま報恩会


      2月15日(金)   9:00〜    涅槃会

       

      2月28日(木)         感謝のお礼参り(各支部)

       

       

       


      平成31年1月度 教会長のお話

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         1月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

         

         まず、平成31(2019)年最初のご法話ですので、今年の指針と受けとめ、かみしめさせていただきたい。

         

         今月は、『 みんな善の根っこをもっている 』というテーマを、

         〇 乾いた根に潤いを与える 〇 ほんとうの「正定聚」に の2段落でご解説いただいた。

         

         まず、『 乾いた根に潤いを与える 』の段落では、

         

         これは、若いころ病気に罹[かか]って、生涯その病とつき合っていかなければならないと告げられたある人が聞かせてくれた話です。将来を悲観して自暴自棄になりかけていたとき、その人が信仰の先輩から繰り返し伝えられたのは、「あなたには善根が具わっている」という言葉だったそうです。

         ところが、そう励まされているうちに、自分の存在価値を否定する気持ちや、人生に対する悲観的な見方が消えて、「自分も人のために何かしたい、できるのではないか」という心がふつふつとわいてきたというのです。

         私たちが読誦する法華三部経[ほっけさんぶきょう]のなかの無量義経[むりょうぎきょう]に、「衆生の諸有[しょう]の善根を潤漬[にんし]し」(徳行品[とくぎょうほん])とあります。善根とは、善い果報をもたらす土台となる根っこのことですが、「だれにも仏と同じ性質が具わり、みんな仏のあらわれである」ということを示す「仏性[ぶっしょう]」と同じ意味あいと、私は受けとめています。ですから、だれもが善根をもっているといえるのです。ただ、その根っこが健やかに育ち、伸びるには、乾いた根に活力を与える潤いが欠かせません。

         人生に絶望し、自己否定するばかりの若者にとって、「あなたにはかけがえのない善根があるのですよ」と、自分の根幹を肯定してもらえたことは、まさに、かさかさに乾いていた根に、惜しみなく、たっぷりと潤いが与えられるに等しいことだったはずです。

         

         『 ほんとうの「正定聚」に 』の段落では

         

         無量義経の一節は、先の「善根を潤漬し」のあと、「善の種子[しゅじ]を布いて功徳の田[でん]に遍じ」と続きます。「世のため人のために尽くす行為の本になる、善の種子をたくさん播[ま]こう」 ―― 要するに、「仏の教えを伝えて、自分も人も一緒に幸せになろう」と、「布教伝道[ふきょうでんどう]」を説いているのです。

         では、なぜここで「布教伝道」が説かれるのかといえば、理由は一つです。

         前述した若者のように、仏の教えを聞いて心の根が潤い、迷いの淵から抜けだしたあとには、「ほかの人も、自分と同じように苦悩から離れ、目の前の幸せに気づいてほしい」という慈悲の心が、とめどなくわきあがるからです。

         では、その「布教伝道」のあり方はというと、まず、「身近な人の善き縁になろう」と願って生きることです。人を思いやるやさしい言葉や態度が、苦しむ人の乾いた心の根に潤いをあたえるのですから。

         そのうえで、私たちは読経供養や仏さまの教えの習学など日々の基本信行を実践しつつ、仏教に縁のない人の手をとっていく。それが、先の経文の結びとなる「普[あまね]く一切をして菩提の萌[め]を発[おこ]さしむ」という最高の生き方につながるのです。

         このようにして、みんなが「仏さまのようになりたい」と決意した仲間 ―― ほんとうの意味の「正定聚[しょうじょうじゅ]」になることを前提に、私の大学の恩師が「布教なくして宗教なし」といわれました。私たちは、救いを求めるすべての人にとって、いつでも心安らぐ「正定聚」でありたいと思います。

         

         と、締めくくられた。

         

         今年は元号も改まり、名実ともに新たな年が始まります。教会も発足55周年を迎え、この姫路の地に仏さまの教えを、幹部一同、一丸となって「布教伝道」させていただく心構えを、細かく、丁寧にご指導いただいたと、深く感謝申し上げ、まず、一人ひとりの信者さんを大切に手取りさせていただくことを誓願いたします。

                                                                                           合掌

         

                                                                       立正佼成会 姫路教会

                                      たかとし

                                 教会長 吉 田 高 聡

         

         

         

         


        平成31年1月度 姫路教会行事予定

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          🎍(明けましておめでとうございます)

           

          平成31年1月1日 6:30〜    元旦参り

                            朔日参り(布薩の日)

           

           1月 2日(水)〜6日(日)      自由参拝

           

           1月 4日(金)   9:00〜    開祖さまご命日

           

           1月 7日(月) 9:00〜      御親教

           

           1月10日(月) 9:00〜            脇祖さまご命日


           1月15日(土)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

           

           1月19日(土)〜25日(金)    寒中読誦修行(AM 6:30〜)

           

           1月20日(日) 9:00〜    成人式

           

           1月28日(月)         感謝のお礼参り


          12月度 教会長のお話

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             12月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

             今月は、『 使命にめざめる 』というテーマを、

             

            〇 道を楽しむ人に 〇 願いをもって の2段落でご解説いただいた。

             

             まず、『 道を楽しむ人に 』の段落では、

             

             この八か月間、「八正道」の徳目を一つずつとりあげて、私なりにその意味あいをお話ししてきました。そして今月は、「八正道」の最後に示された「 正定[しょうじょう] 」です。

             「正定」とは、心が常に仏の教えに安住していて、周囲の変化によって動揺しないことと受けとめられますが、たとえ貧しくても悲観せず、そこにある幸せを精いっぱい感受する橘曙覧[たちばなあけみ](幕末のころ福井に生まれた歌人)のような心も、「正定」の一つでありましょう。

             「楽しい」とか「楽しむ」という境地はほんとうに大切なもので、「八正道」の最初の「正見」について「気持ちが楽になる見方」(本年5月号)とお話ししたことにも通じます。『論語』にも「之[これ]を知る者は之を好む者に如[し]かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず」とあります。人が道を修めようとするとき、その道を「楽しむ人」にはだれもおよばないというのです。

             なにごとも楽しいと受けとめる ―― そういうものの見方を心がけていると、気持ちが楽になって、目先の苦に迷うことのない、ほんとうに安楽な人生を歩めるのです。

             

             『 願いをもって 』の段落では

             

             ところで、「八正道」の「正」という字は、「一」と「止[とめへん]」が組み合わさってできています。仏の教えの「一」といえば、もちろん「真理」であり「法」です。いわば「八正道」の各徳目は、いずれも私たちが「真理に止[とど]まる」ための実践であり、その基本となるのが初めにおかれた「正見」といえます。その意味でいえば「八正道」のすべてを修めるのは荷が重いという人も、日々の暮らしのなかで、何かにつけ、ふと省[かえり]みて「正見」に立ち返る習慣をつけることが大事なのだと思います。

             こうして真理にそった生き方を求める仲間を、仏教では「正定聚[しょうじょうじゅ]」といいます。平たくいうと「仏さまのようになりたいと決意した仲間」のことですが、この言葉からは「正定」のとらえ方をさらに深めることができそうです。

             仏さまのように、ものごとをありのままに見ること(正見)によって、静寂で澄みきった心(正定)を得る ―― それは「あの人の苦しみを除いてあげたい」「この人が慈悲の心を得るお手伝いができたらいいな」といった、菩薩としての願いをもって生きるということでもあるのです。

             ただ、そのような誓願[せいがん]をもつに至る方法は、もちろん「正見」に限りません。「八正道」が八つの徳目に分けて示されているのも、「一人ひとりの個性にあった精進の仕方でいいのですよ」という、釈尊のあたたかな教えの示し方に違いないのです。

             私たちはみな、お互いに生かし生かされています。そのなかで、仏の教えをとおして人間らしい生き方を学んだ私たちは、仏への道を歩みつつ、一人でも多くの人の仏性開顕[ぶっしょうかいけん]という使命を果たしていきたいと思います。

             

             と、締めくくられた。

             

             5月号からはじまった「八正道」のご指導、自行としての8項目ととらえていましたが、開三顕一では「仏性の自覚」をうながされます。仏子としての自覚から、法師の自覚に高まり、楽って法を伝える自分になるために「八正道」を身につける精進が大切であると感じさせて頂いた。そして、菩薩としての願いをもって生きる、その誓願をもつに至る方法が「八正道」であり、八つの徳目に分けて示されているのは、「一人ひとりの個性にあった精進の仕方でいいのですよ」という、釈尊のあたたかい教えの示し方と解釈されながら、会長先生の私たちに対する期待とお慈悲が、しみじみと伝わり感謝でいっぱいであります。

             

             来年次は、姫路教会発足55周年を迎えます。教団創立100周年に向け、“ 惜しみなくつながり ―― 菩薩を育てる苗代になる ” というマザープログラムの実現に向かい、信者さんと一丸となって、しっかり布教伝道に取り組むことを誓願いたします。

                                                                                  合掌

             

             

                                                                           立正佼成会 姫路教会

                                          たかとし

                                     教会長 吉 田 高 聡

             

             

             


            12月度 姫路教会行事予定

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              12月 1日(土)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

               

              12月 3日〜4日         団参

               

              12月 4日(火)   9:00〜    開祖さまご命日

               

              12月 8日(土) 9:00〜      成道会

               

              12月 9日(日) 9:30〜    姫路城清掃

               

              12月10日(月) 9:00〜            脇祖さまご命日


              12月15日(土)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

               

              12月24日(月)         法座納め・大掃除

               

              12月25日(火)〜H31年1月6日(日) 自由参拝

               

              🎍(明けましておめでとうございます)

               

              平成31年1月1日 6:30〜    元旦参り

                                朔日参り(布薩の日)

               


               


              11月度 教会長のお話

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                 11月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

                 今月は、『「思いやり」を、いつも心に』というテーマを、

                 

                〇 「安楽」なときが「正しい」とき  〇 「救ってあげられたら」と願うだけで の2段落でご解説いただいた。

                 

                 まず、『「安楽」なときが「正しい」とき』の段落では、

                 

                 心が安らかで楽しいとき、たとえそれが温泉につかっているときであっても、私たちは、思い煩いや恨みつらみといった感情を離れているのではないでしょうか。迷いやとらわれが心からするりとほどけ、何にも縛られない、安らかでのびのびとした自分がそこにいます。

                 「仏[ぶつ]」という漢字は、日本語で「ほとけ」と読み、執着[しゅうじゃく]・こだわりから解き放たれた「ほどける」が転じたものという説があります。ですから、ほんのひとときでも、安楽で、なんの心配もないときがあるとすれば、それはまさに自分を縛るものから離れた「仏の境地」といっていいのかもしれません。

                 ところで仏教では、「心を常に正しい方向に向ける」ことが大切といわれます。これは、釈尊が最初の説法で説かれた「八正道」の七番めに示された「正念[しょうねん]」のことです。

                 ただ、「正しい方向とは何かが、よくわからない」というのが、多くの人の本音だと思います。端的にいえば、「仏」や「真理」に心を向けることですが、これも少しわかりにくいといわれそうです。そこで、私なりに理解するところでいうと、先にお話ししたような「心がほどけ、安らかで楽しいとき」こそ、心が正しい方向にあるといえると思うのです。

                 しかし、一瞬やひとときではなく、心を「常に」正しい方向に向けるとなると、話がまた少し難しくなります。

                 

                 『「救ってあげられたら」と願うだけで』の段落では

                 

                法華三部経の一つである仏説観普賢菩薩行法経に、「もろもろの迷いや煩いから離れ、安楽で淡々とした心を保ちたいのであれば」という、私たちにとっては願ってもない問いと、その答えともいうべき一節があります。

                 それは、「当に大乗経[だいじょうきょう]を誦[じゅ]して 諸[もろもろ]の菩薩の母を念ずべし」。すなわち、朝夕の読経を習慣とし、「慈悲、思いやりの心をもって生きよう」と願うことだというのです。これは、常に心安らかで楽しく生きるための大きなヒントであり、私たちにとっては思いのほか身近な実践といえるのではないでしょうか。しかも、「思いやりをもちなさい」という命令形ではなくて、「思いやりをもって生きようと願うことが大切」というのも受け入れやすいところです。

                 ときおり、「慈悲がなかなか身につかない」と嘆く人がいます。しかし、その人はまさに「思いやりをもって生きよう」「あの人を救ってあげられたら」と願っているからこそ、そのことで思い悩むのでしょう。つまり、その人はもうすでに、思いやりの心が身についているのです。

                 それでも「安楽」どころか、雑念に惑わされて心が騒ぐときには、尾崎放哉[おざきほうさい]の一句が参考になるかもしれません。「人をそしる心をすて豆の皮むく」。心が怒りや貪りなどの感情に支配されそうになったら、まずは目の前のことに打ちこむ ―― それも「正念」をとり戻す一つの方法です。

                 また、「正念」の意味を「気づかい」「心くばり」と表現する人もいますが、茶道の裏千家前家元である千玄室[せんげんしつ]師は、「『あなたがお幸せでありますように』、ただその一念で相手に仕える」といわれます。雑念を捨て、自分の「いま」に集中する。さらに、自分の思いは差し置いて、人さまが喜ぶように、幸せでありますようにと願いつつ、心を一つのことに向ける。それもまた「正念」でありましょう。

                 「正念」 ――「八正道」の、まさにここが正念場です。思いやりに根ざした安らかで楽しい心をわが心とするとき、次の「正定[しょうじょう]」が真にいきいきとした実践徳目となるのです。

                 

                 と、締めくくられた。

                 

                 今月は「八正道」7つ目の、「正念」を学ばせていただきました。

                ありがたいご指導でしたので、ほとんどを紹介いたしました。

                 ご本仏さまの前では足りない私たちが、「念じる」ということは、手取りを通じて、信者さんの救いを願うときや、法師としてお役を果たさせていただくときの極意だと思います。

                 仏さまの願いにかなうように、真心からのご供養に取り組むことからはじめることを、生誕会で開祖さまにお誓いさせていただきます。

                 

                                                                                      合掌

                 

                 

                                                                               立正佼成会 姫路教会

                                              たかとし

                                         教会長 吉 田 高 聡

                 

                 

                 


                11月度 姫路教会行事予定

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                  11月 1日(木)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

                           19:00〜21:00  夜間朔日参り(当番高砂支部)

                   

                  11月 4日(日)   9:00〜    開祖さまご命日

                   

                  11月10日(土) 9:00〜            脇祖さまご命日


                  11月15日(木)   9:00〜    開祖さま生誕会

                                    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

                           19:00〜21:00    夜間開祖さま生誕会

                   

                  11月25日(日) 10:00〜    仏教研究会

                   

                  11月28日(水)         感謝のお礼参り(各支部)

                   

                   

                   

                   


                  10月度 教会長のお話

                  0

                     10月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

                     今月は、『自他ともに心楽しい精進を』というテーマを、

                     

                    〇 樹木が紅葉するように  〇 本来の自分に出会う 

                    の2段落でご解説いただいた。

                     

                     まず、『樹木が紅葉するように』の段落では、

                     

                      紅葉[もみじ]してそれも散行[ちりゆ]く桜かな

                     暦の上では秋を迎えたこの時季の趣を、俳人の与謝蕪村がこのように詠んでいます。桜の葉が、ほかの樹木に先んじて色づき散るようすを描写した句ですが、春の花がみごとに咲き、散っていく姿を重ねあわせると、与えられた生をひたむきに全うする桜木のありように胸を打たれます。

                     私たちは、ものごとにいっそう勤め、励むときなどに、努力とか精進という言葉を使います。そのためでしょうか、ひたむきな努力や精進と聞くと、骨の折れる、苦しいことに感じられます。信仰においても、「精進、精進、死ぬまで精進、生まれ変わったらまた精進」といった意気込みにふれると、思わず気圧[けお]される人もいそうです。

                     ただ、精進というのは、本来、気負って努めることでも、苦しみに耐えながら励むことでもないと思うのです。

                     私たちがよく口にする「精進しましょう」は、「まじり気のない自分本来の力を、まっすぐに発揮していこう」という意味と受けとることができるのです。

                     そう考えると、冒頭の句のような、桜の葉が紅葉し、散るといった自然の営みは、すべてが精進のありようを示すお手本といえます。そして私たちも、絶えず創造・変化する自然の一部ですから、「天地自然の理[ことわり]に随って生きるように」と勤めることが精進であり、「八正道」に示される「正精進」とは、そのことをいうのではないでしょうか。

                     

                     『本来の自分に出会うの段落では

                     

                     ただ、樹木と違って、私たち人間には自分本位の我が出ることがあります。好き嫌いや善し悪しなど自分のものさしがあり、目の前の現象を素直に受けとれなくなるときがあります。そのとき、心を真理にそわせていく工夫をこらすことが「精進する」ということで、その工夫、つまり、ときに応じた精進のあり方を、釈尊はさまざまに説き示されています。

                     たとえば、『心田を耕す』でも紹介した詩偈[しげ](スッタニパータ等)の中の、「恥じる」「内省する」「身と言葉を慎む」「過食しない」「真実を守る」「柔和」などの姿勢をとおして、ときどき顔をだす自分のわがままな心を反省したり、懺悔したりしながら本来の自分に帰るのです。ただし、やはりどれも気負って努めることではなく、むしろ自分もまわりの人も、ともに心楽しくなるような工夫ととらえてみてはどうでしょう。

                     少し言葉を慎むだけで調和が生まれ、柔和に接することで相手の心がほぐれます。腹八分目で体が楽なのは、だれもみな体験していることでしょう。

                     以前、まるでこの詩偈を写したかのような、「正精進の心で日々をすごす誓い」を機関誌で見たことがあります。「人の喜ぶことをしよう」「人に親しまれる自分になろう」「自分に恥じない行動をしよう」「人にはやさしく親切にしよう」「絶対に怒らない自分になろう」。このことを日々くり返し自分に言い聞かせ、ときには反省しながら仏道を歩む喜びを語っておられたのです。それは、精進をとおして本来の自分に出会う喜びだと思います。そして、この本来の自分とは、いうまでもなく仏性にほかなりません。
                     

                     と、締めくくられた。

                     

                     今月は「八正道」6つ目の、「正精進」を学ばせていただきました。

                    会長先生は、「精進というのは、本来、気負って努めることでも、苦しみに耐えながら励むことでもないと思うのです。」と、第1段落でご指導くださいました。また、「精進」とは「自分もまわりの人も、ともに心楽しくなるような工夫ととらえてみてはどうでしょう。」そしてそれは、本来の自分(仏性)に出会う喜びであると、締めくくられました。

                     法華経は自覚の教えと言われます。本来の自分を自覚し、明るく・やさしく・温かな自分になれるよう、精進・向上を求めて、三つの基本信行に、気負わず、休まず取り組みましょう。

                     

                                                                                          合掌

                     

                     

                                                                                   立正佼成会 姫路教会

                                                  たかとし

                                             教会長 吉 田 高 聡

                     


                    10月度 姫路教会行事予定

                    0

                      10月 1日(月)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

                       

                      10月 3日(水)〜4日(木)      団参 

                       

                      10月 4日(木)   9:00〜    開祖さま入寂会

                       

                      10月10日(水) 9:00〜            脇祖さまご命日

                       

                      10月13日(土) 9:00〜    日蓮聖人遠忌法要


                      10月15日(月)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

                       

                      10月21日(日) 10:00〜    「私の『発』サンガフェスティバル」

                                        於:姫路市立花北広場体育館

                       

                      10月26日(金) 13:30〜    全国戦災都市空爆死没者

                                        慰霊と平和の祈り(手柄山)

                       

                      10月28日(日) 13:30〜14:00 平和の祈り:壮年部(護国神社)

                       

                      10月28日(日)         感謝のお礼参り(各支部)

                       

                       

                       


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