5月度 教会長のお話

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     5月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

     今月は、『楽しく生きる』というテーマを、

     

    〇 どちらが楽しいか  〇 「中道(かたよらない)」が大事 

    の2段階でご説明いただいた。

     

     まず、『どちらが楽しいか』の段落では、

     

     本会の年中行事である「寒中読誦修行」の期間中雪が降り積もり、道場に足を運べない数多くの方がおられ、東京でも交通機関が停滞するほどの降雪があり、その時、大聖堂でこんな声を聞いた人がいました。

    「人がせっかく寒修行をしているのに、どうしてこんなに雪が降るんだ!」。早朝に家を出て、自動車やバス、電車で参拝する人にとって雪は困りものですから、グチが出るのも当然かもしれません。

     一方で、ある人はつぎのような声を耳にしています。

    「雪のおかげで、ほんとうに寒修行らしい修行をさせていただけて、ありがたい!」

     さて、みなさんは、どちらの見方をする人が、楽しく生きられると思いますか。私は、後者に軍配が上がると思います。

    けっして、むずかしいことをいっているわけではありません。

    ただ、天地自然の変化を素直に見て、それをありのまま受けとめているところがすばらしい。

    しかも、素直に受けとめているだけなのに、自分にもまわりの人にも、寒さや眠気を吹き飛ばすように感じさせるのはなぜなのでしょう。

     それは、ものごとを「正見」で見るか、どうか、その違いだと思います。

     

     『「中道(かたよらない)」が大事』の段落では

     

     仏教で説く「八正道」の「正見」は、「正しい」という言葉の語感から、容易にはできないこと、悟った人だけが会得できることのように思いがちです。

    「正見でものごとを見る」というと、「それは無理だ」と即座に反応する人もいそうですが、先の雪の日の例のように天地自然のはたらきを素直に見る ―― それが「正見」ではないでしょうか。

     

     また最近、心臓の手術を終えて退院された方が、「これまでは、心臓が動いていることに感謝したことなどありませんでした。でも、それは当たり前ではなかったんですね」と、しみじみ話してくれました。「ああ、これが正見なのだな」と、そのとき私は教えられた思いがしました。

     自分の意思とは関係なく、心臓が休みなくはたらいている。

    その自然の摂理を直視し、爽やかな感動が病気の不安をかき消して、いかにも気持ちが楽になった様子が、その表情から見てとれたからです。

    そして、いま・ここに生きているという事実を「正見」で見れば、病気もまた、ありがたいことと気づくことができる感謝の対象であると、あらためて教えていただきました。

     

     「諸行無常(しょぎょうむじょう)・諸法無我(しょほうむが)・一切皆苦(いっさいかいく)」という、この世の真理に照らしてものごとを見る。それが、「苦を滅する正しい道」として教えられる「八正道」の、最初に説かれる「正見」です。

    それは、仏さまの教えに則って生きる基本であり、またすべてということができるかもしれません。

     

     ただ、快楽に溺れて苦しむことなく、苦行や禁欲に縛られるのでもない「中道」の生き方を教えるのが仏教ですから、実践が困難では意味がありません。

    そこで、「正しい」という言葉の意味あいとあわせて、いましばらくの間、みなさんとともに「八正道」を学んでまいりたいと思います。
     

     と、締めくくられた。

     

     

     4月は、『 円満な人になる 』というご法話をいただき、釈尊のような ❝ 悲智円満(ひちえんまん) ❞ が身についてくると、妙好人のようなものの見方(または、❝ コップの水の見方 ❞ )ができるようになる、そうすると人生を楽しく生きていける。

     今月は、4月の続きとして、「円満な人になる」ために、「楽しく人生を生きる」ため「八正道」の最初の「正見」を身につける精進から始める

    そのためにも、「中道」という意味と、「正しい」という意味をしっかりと学ばせていただきたい。

     

     

     

                                                                          合掌

     

                                                                   立正佼成会 姫路教会

                                  たかとし

                             教会長 吉 田 高 聡

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


    5月度 姫路教会行事予定

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      5月 1日(火)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

              19:00〜21:00  夜間朔日参り(当番:姫路南支部)

               

      5月2日〜7日          自由参拝


      5月 4日(金)   9:00〜    開祖さまご命日

       

      5月10日(木) 9:00〜            脇祖さまご命日

       

      5月12日(土)         お城まつり


      5月15日(火)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

       

      5月20日(日)         第49回青年の日

       

      5月28日(月)         感謝のお礼参り(各支部)

       

       

          


      4月度 教会長のお話

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         4月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

        今月は、『 円満な人になる 』というテーマを

         

        〇 あいさつ一つで 〇 悲しみを知る人に の2段落でご解説いただいた。

         

         まず、『 あいさつ一つで 』 の段落では、

         

         ある職場に、朝のあいさつをとてもていねいにする人がいたそうです。

        しっかりと相手の顔を見て、「おはようございます」といいながら、頭をゆっくり下げる。

        それだけのことなのですが、慌ただしい朝の空気のなかで、ていねいすぎるその姿勢を煩わしく思う同僚もいたといいます。

         ところが、しばらくすると職場の雰囲気が変わってきました。

        それまで、すれ違いざまに「おはよう」と言い交わしていた人たちも、それぞれが相手としっかり向きあってあいさつをするようになり、やがて職場の空気が和らいできたというのです。

         

         円満とは、人格が「十分に満ち足りて、欠点や不足のないこと」です。

        ですから「円満な人になる」といえば、いわば人間の理想に近づくことで、仏教徒にとっては仏さまのような人になることを意味します。

         

         人に安心や満足を与え、そのことをとおして、相手に「人と仲よくしたい」という気持ちを発(おこ)さしめたり、その場に調和をもたらしたりするのが仏(ぶつ)・菩薩(ぼさつ)のはたらきと受けとれば、朝のあいさつ一つで人の心を動かし、職場に和らぎをもたらした人は、まさに円満な人そのものです。

         

        だれもがみな、仏性を具えていることの証ともいえましょう。この春、新たな出会いを円満な人間関係にする決め手も、あいさつをとおして相手の仏性を拝むことにあるといえるかもしれません。

         

          『 悲しみを知る人に 』 の段落では、

         

         人間の本質が仏性であり、人格円満であることを示す話、江戸時代の妙好人(みょうこうにん)(浄土真宗の篤信者(とくしんじゃ))の二人。

         

         奈良の吉野の清九郎という人は、留守宅にあったお金を盗まれたとき、「私のような者の家に盗みに入るその方は、よほど困っていたのでしょう。たまたまわが家にお金があったのでその人も得るものがあり、うれしく思います」と。

        そして、「私はいま、仏の慈悲に導かれて “ 盗まれる身 ” にさせてもらい、これほどうれしいことはありません」と語ったというのです。

         

         また、大阪の物種吉兵衛(ものだねきちべい)さんは、「よいときばかり喜ぶのならだれでも喜ぶ。どのような難儀なことに遇うても、その難儀の底にかかってある仏法や」と、困難が教えてくれる「感謝の種」に気づける喜びこそ信仰の醍醐味(だいごみ)であり、真骨頂(しんこっちょう)であることを伝えています。

         

        こういう方々の心には、み仏に生かされていることへの感謝と、人に対する慈悲、思いやりがあるばかりです。

         

         円満とは、人格が「満ち足りて、不足がないこと」の意で、それはまた、なにごとも「ありがたい」と感謝で受けとめられる温かな充足感そのものといえます。

         

         ところで、先の清九郎さんは父親を早くに亡くし、母親との貧しい暮らしの中で出会った妻とも、三十三歳のときに死別しています。悲しみやつらさを、とことん味わったからこそわかる、人の心の痛み。

        そこからわき出る慈悲の思いが、おのずから人を救う智慧を発さしめたのでしょう。

         

        菩薩の心の奥には七転八倒の苦悩があり、言葉に尽くせない思いがある。

         

         「悲智円満(ひちえんまん)」という言葉があります。

        釈尊も、私たちも、慈悲と智慧をあますことなく発揮するために、この世に生まれてきたといわれています。
         

         と、締めくくられた。

         

         

         今月は、すべてが要点ですので、ほとんど全文を載せましたが、

        『 降誕会 』を迎え、お釈迦さまと私たちは同じ使命をもってこの世にいのちをいただいたと、会長先生はお示しくださいました。

         

        「 悲智 」の意味は、智慧にもとづかない慈悲は本当の慈悲ではない、ともいわれます。

         

        釈尊にはほど遠い私たちが慈悲と智慧をあますことなく発揮するためには、まず、あらためて三つの実践の「朝のあいさつ」から真心でさせていただく実践と、ご法の習学を深めることを、今月はしっかりと精進させていただきましょう。

         

         

                                                                              合掌

         

                                                                       立正佼成会 姫路教会

                                      たかとし

                                 教会長 吉 田 高 聡

         

         

         


        4月度 姫路教会行事予定

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          4月 1日(日)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

                           姫路教会発足54周年記念日

                   

          4月1日〜6日           大学生沖縄平和学習


          4月 4日(水)   9:00〜    開祖さまご命日


          4月 8日(日)   9:00〜    降誕会

                   13:15〜14:45 花まつりキャンペーン(城見台公園)

           

          4月10日(火) 9:00〜            脇祖さまご命日


          4月15日(日)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

           

          4月28日(土)         感謝のお礼参り(各支部)

           

          4月29日(日)   9:00〜10:30 みどりの美化キャンペーン

                          (姫路市協賛:姫路市内清掃奉仕)

           

          4月30日(月) 9:00〜    お城まつり祈願供養

                   10:00〜    お城まつり練習

                   11:00〜    お城まつり全体会議

           

           

              


          3月度 教会長のお話し

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             3月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

            今月は、『 地域の人びとと共に、幸せに 』というテーマを

             

            〇 多くの菩薩が住む街に、 〇 ぬくもりを家庭から地域へ の2段落でご解説いただいた。

             

             まず、《 多くの菩薩が住む街に 》の段落では、

             

             多くの方のおかげさまで、本会は今年、創立80周年を迎えました。

            開祖さまは今から30年前、50周年の年に、本誌で「 究極の目標は世界人類の救済にあろうとも、あくまでも身辺のことをおろそかにせず、まず目の前の一人を救い、おのれの家庭を調え、地域社会の浄土化へ進むという、着実な歩みも忘れてはならない 」(昭和63年・3月号)

            と、示されたこの決意を、私は、節目を迎えて新たな一歩を踏みだそうとするいま、あらためてかみしめています。

             

             開祖さまはよく、「 地域のお役は喜んで受けなさい 」ともいわれましたが、自分の住む地域のために力を尽くし、隣近所に困っている人がいれば寄り添い、悩みがあると聞けば話をよく聞かせていただく。

            そういう菩薩のような人がたくさん住む地域にしていくことが、みんなの幸せを願う私たちの理想ではないでしょうか。

            その意味でいえば、もし暗い表情をして沈んでいる人がいたら、その心に一灯を点じて笑顔をとり戻し、地域全体を明るく照らしていくのが信仰をもつ私たちの精進であり、役割だと思うのです。

             

             《 ぬくもりを家庭から地域へ 》の段落では、

             

             夕暮れの街を数時間、高台から撮影した映像を見たら、日が落ちるにつれて一軒、また一軒と灯りがともり、やがて街全体が夕闇の底に明るく浮かび上がってくるのですが、地域に幸せが広がるというのは、この光景のようなものかもしれません。

            そして、その最初の一軒は、みなさんのご家庭です。

            家族がみんな仲よく、それぞれが敬いと親愛で結ばれて、心安らいでいる。 ❝ わが家 ❞ をそういう家庭にすることが、地域全体の幸せの始発点になるのです。

             なぜなら、地域や近所の人のことを思う皆さんの気持ちは、たとえば道の掃き掃除をするときでも、自然に隣の家の前まで掃いておこうという行動になってあらわれるからです。

            散歩の際には、たとえ見知らぬ人であっても、元気に自分からあいさつをすることでしょう。そうして少しずつ人と人とが和み、自他の心が耕されていくことで、共に地域を照らす仲間―――菩薩もまた少しずつ生まれるのだと思います。

             

             また本会には、各地域に教会道場があります。信者の皆さんにとってのオアシスであるばかりでなく、どなたにとっても身心が休まる場所であることが望まれます。

            ただ、それには私たちが率先して地域に働きかけることが大切です。

            「 出入口 」という言葉が示すように、まずこちらから一歩を踏みださなければ、入ってきてはいただけないのです。そのことを踏まえ、ぜひ地域のみなさんと一つになって、街全体をオアシスのようにしていただきたいと思います。
             

             と、締めくくられた。

             

             3月は、教団創立80周年の月であります。100周年に向けての、

            マザープログラム 「 惜しみなくつながる 〜菩薩を育てる苗代となる〜 」

            をお示しいただいて、今年の精進が始まりました。

             

            その精進の具体的な在り方、身近な実践行動を今月はまた、会長先生はわかりやすくご指導くださいました。

            その深いお慈悲にお報いすべく、今月もしっかりと精進させていただきましょう。

             

                                                                                  合掌

             

                                                                           立正佼成会 姫路教会

                                          たかとし

                                     教会長 吉 田 高 聡


            2月度 教会長のお話し

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               2月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

              今月は、『 人生を 厳粛なものに 』というテーマを

               

              〇 厳粛に生きるとは    ・・・

              〇 心のスイッチを入れる  ・・・ の2段落でご解説いただいた。

               

               まず、《 厳粛に生きるとは 》の段落では、

               

               そもそも一人ひとりの一生は、「生まれる・老いる・病む・死ぬ」のどこをとってみても厳粛以外の何ものでもありません。意識していないだけで、私たちはみな厳粛な人生を歩んでいるのです。

              そうすると、そのことを明らかに知る、真理を自覚して生きることが、人生を厳粛なものにする鍵といえそうです。

               

               「厳粛」を辞書で引くと「おごそかで心が引き締まるさま」とあり、ある方はきわめてわかりやすく「厳粛とは、無常観に立って、いまを大切に生きること」といわれ、1日を、1時間を、そしていま目の前の1分1秒をおろそかにしないで、ていねいに暮らすことが大切なのです。

               そのように捉えると心に余裕が生まれますから、気持ちもゆったりと落ち着いて穏やかになり、まわりの人とも仲よく、楽しくすごせ、そういう時間の積み重ねが、幸せで、かつ厳粛な人生といえるのでしょう。

               

               一休禅師の道歌「死んでから仏になるはいらぬもの 生きたるうちによき人となれ」、

              あの世に行ってから厳粛になるのではなく、いまこの娑婆ですでに厳粛な人生を歩んでいる真実をかみしめ、1日1日を確かなものにしていきたいものです。

               

               《 心のスイッチを入れる 》の段落では、

               

               教育者の東井義雄先生が、小学校の校長をされていたとき、ある教室に掲げられていた言葉、

              「ずいぶん 寒くなったが/いつまでも 寝床の中で/グズグズしていないで/心のスイッチをポンと押して/パッととび起きようではないか/ポンとスイッチを押すと/パッとあかりがともるように/朝起きも ポン・パで行こう」

               

               いまはちょうど一年でいちばん寒い時期ですから、この「ポン・パ」は、いろいろなシーンで活用できそうです。それぞれが苦手とすることに当てはめてみてもいいですし、日常生活のなかで真理を自覚することについても、この「心のスイッチ」は役に立つように思います。

               

               朝、ご宝前にお参りするとき、学校や、職場や、教会道場へ出かけるために家を出るとき、「おはようございます」と人とあいさつをかわすときなど、毎日、何気なく行っていることのどれか一つを「心のスイッチ」を押すきっかけにして、心に「ポン」と「真理の電流」を流し、「きょう一日、出会う人を大切にしよう。時間を有意義に使おう」というような「真理の灯り」を心に「パッ」とともすのです。

              「ありがとう」という感謝の言葉も、私たちが「いま・ここに存在する」という厳粛な事実から生まれた「有り難い」を語源とするものであり、真理をかみしめるための「心のスイッチ」にはうってつけといえるでしょう。こうした習慣が身につけば、ことさら意識しなくても、私たちの日常は自然に厳粛なものになっていきます。

               

               入滅される前、釈尊は

              「すべては移ろいゆく。怠ることなく精進しなさい」

              といい残されました。

              涅槃会には、ご自身の死に際して、あらためて無常の法を説き、精進を促された釈尊のお心に思いを寄せてまいりたいと思います。

               

               と、締めくくられた。

               

               

               1月は、「 自灯明 ・ 法灯明 」の心構えをいただきました。

              この教えも釈尊ご入滅前のお説法でありますが、いよいよご入滅される際のお言葉が、上記の『 無常観 』であります。

               

               2月「 涅槃会 」の今月は、仏教の根本義「 三法印 」(変化と関係)を「 導き ・ 手取り ・ 法座 」の基本信行を通じて、しっかりと自覚を深める精進をさせていただきましょう

               

                                                                                    合掌

               

                                                                             立正佼成会 姫路教会

                                            たかとし

                                       教会長 吉 田 高 聡

               

               

               


              平成30年1月度 教会長のお話し

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                 1月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

                 

                まず、平成30年最初のご法話ですので、今年の指針と受け止め、かみしめさせて頂きたい

                 

                今月は、『 明るく、朗らかに 』というテーマを

                 

                〇 自らを灯として   ・・・

                〇 法をよりどころに  ・・・ の2段落でご解説いただいた。

                 

                 まず、「自らを灯として」の段落では、

                 

                 元日の朝を「元旦」といいますが、これは地平線から太陽があらわれ出た姿をかたどった文字で、元朝の日の清々しい輝きを受けて、新年を迎えた私たちの身心はいきいきと発動し、一年が始まります。

                 そうしてはじまる一年をみなさんは、それぞれに思うところ、期するものがあると思いますが、だれにも共通するのは、一年を通して明るく、朗らかにすごしたいという願いでしょう。

                 そうであれば、ぜひ忘れずにいたいことがあります。それは、私たちに生きるエネルギーを与えてくれる太陽のように、まずは自ら朗らかになって、人を和ませ、喜ばせることです。ときには人に励まされ、他の人の明るさに癒されることもあるでしょうが、自ら明るく朗らかに生きるーーーそれが大切だと思います。

                 ただ、「生まれつき陽気な人でない限り、それは難しい」と諦め、ため息をつく人がいそうです。しかし、諦めることはありません。

                 

                 仏教では、自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)と教えています。

                 

                 自灯明は「自らを灯として生きる」ということですが、それは「何にも左右されない確固たる生き方の芯がある」ということです。そしてその「芯」となるのは、自分を含むすべての人が、かけがえのない命を、いま・ここに・自ら生きているという揺るぎない「信念」で、いま命あることへの「感謝」が、芯を明るく灯しつづけるのに必要な「油」といえるのではないでしょうか。  

                 

                 

                 「法をよりどころに」の段落では、

                 

                「足無し禅師」と呼ばれた禅僧・小沢道雄(おざわどうゆう)師の厳しい戦争体験から、両足切断をし不自由な体での艱難辛苦(かんなんしんく)を通して、二十七歳の時に「人と比べるから苦しむのだ」「比べる心のもとは二十七年前に生まれたということだ。二十七年前に生まれたことはやめにして、両足を切断したまま、きょう生まれたことにしよう。今日生まれた者には一切がまっさらなのだ。本日ただいま誕生だ!」と思いを定め、「いつもにこやかにしていよう」「ありがとうと、必ず感謝しよう」を心がけ、温顔の仏道人生を歩まれた。

                 

                 明るく、朗らかに生きるというとき、陽気な性格や環境に恵まれていても、いなくても、要は何を心の芯に据えるかが大事で、私たち仏教徒にとっては、それが仏法(ご法)であることを、小沢師が明快に示してくださっている、そしてこれが法灯明でありましょう。

                 

                 また、見方を変えれば、ほんとうの明るさ、朗らかさは、苦悩を突き抜けた先にあるといえますが、苦悩を突破するには、先に述べた「生き方の芯」とともに、さまざまな思わくにとらわれないで心を一つに向かわせる「志(こころざし)」を持つことが大切。

                 

                 高浜虚子の「年改まり人改まり行くのみぞ」の句のごとく、一人ひとりが「自らを新たにする」という清新な心意気をもって、明るく朗らかに一年をすごしていこうではありませんか。

                 

                ・・と、締めくくられた。

                 

                 

                 今月は、教団創立80周年を迎え、100周年に向けての出発の月に、「自灯明・法灯明」の心構えをいただきました。

                 

                 「自灯明・法灯明」の教えから、寿量品の「良医の譬え」を思い起こします

                子供たちが、五欲の毒に侵され、本心を失い、ただ、父である良医に救いを求めます。良医は、我が子に良薬を処方するが飲もうとしない、そこで、父は他国に出かけ、そこで亡くなったと伝え、子供たちは正気を取り戻し、薬を飲み回復した。

                 譬えの真意は、毒に侵されている子供たちを救うのは、父が救うのではなく、薬が解毒するので、薬を飲まなければ救われない。

                つまり、「法」である薬を自らとって服する「自灯明」が重要であり、

                いよいよ『 発 』、

                「自ら」という主体性を発揮することを決定させていただきましょう

                 

                                                                                      合掌

                 

                                                                               立正佼成会 姫路教会

                                              たかとし

                                         教会長 吉 田 高 聡


                12月度 教会長のお話し

                0

                   12月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

                  今月は、『 「型」を身につける 』というテーマを

                   

                  〇 「型」は方便     ・・・

                  〇 「型」は無我の実践  ・・・ の2段落でご解説いただいた。

                   

                   まず、《 「型」は方便 》の段落では、

                   

                   柔道や剣道などのスポーツ、また芸術や芸能の道で、手本となる体勢や動作のことを「型」といい、そのような世界に限らず、私たちの日常生活における身近な所作にも「型」というものがある、と会長先生は受けとめられておられます。

                   

                  そして、たとえば、約束した時間を守る、三つの実践をするという所作を「型」として身につけ、日々実践することが大切。

                   ちなみに「所作」とは、仏教で「身と言葉と心の三つのはたらきの現われ」をさします。つまり私たちは、行ないや言葉をとおしてなんらかの心を表現している。

                   

                   では、その心とは何か。どのような心を「型」として身につけることが大切なのか、それは、思いやりや慈しみの心にほかならない。その心を体現し、それを「型」として日々実践することによって、私たちは慈悲の心をさらに深く胸に刻みつけていくのです。

                   

                   「型」を身につけていれば、たとえ少々、心が乱れても、すぐに思いやりや慈しみの心に立ち返れます十界互具の展開、六道に止まらず)。

                  その意味では「型」は「方便」ともいえますが、しかしそれは即、思いやりや慈しみという「真実」に直結するものです。

                   

                   《 「型」は無我の実践 》の段落では、

                   

                   思いやりや慈悲の心が、日常生活での「型」の根底をなすとすると、その現れとしての所作・行いに「これでなければならない」といった決まりはなさそうです。この世に一人として同じ人はいないのですから、思いやりや慈しみの心を反映した「型」も、個性に従って多様であるのが自然といえるでしょう。

                   

                   その意味では、仮に個性の数だけ「型」があるとしても、自分勝手な「型」は、「型」とはいいません。むしろ「自分の思いどおりにしたい」というわがままな心を抑えるために「型」があるといえるのです。

                   

                   「型どおり」と聞くと、変化や工夫がないように思いますが、「型」に従って「そのようにしなさい」と、いわば問答無用で実践する ❝ ハイ ❞ と素直に聞き、実践する)機会は、自分の都合を大切にしがちな私たちが、無理なく「無我」になれる瞬間でもあるのです。

                   

                   本会の法座や読経供養、あるいは「まず人さま」の実践も、それをつづければ仏さまのような慈しみ深い人になれるという「幸せの方程式」として、本会の歴史を支えてきた大切な「型」であると思います。

                   

                  と、締めくくられた・・・。

                   

                   今月は「型」としての『三つの実践』、「所作」としての『身口意の三業』を清めること、『七佛通戒偈』にある、❝ 自浄其意 是諸仏教 ❞ 仏教である所以をかみしめて、しっかりと「型」を身につける三つの基本信行(「ご供養」「導き・手取り・法座」「ご法の習学」)を、❝ 急がず、休まず ❞ コツコツと続けることを決定させていただくことにより・・・

                  80周年へ向けての心構えとさせていただきましょう

                                                                                        合掌

                   

                                                                                 立正佼成会 姫路教会

                                                たかとし

                                           教会長 吉 田 高 聡

                   

                   

                   

                   


                  平成29年次「法の友五人衆」報告会

                  0

                    姫路教会では、「感謝のお礼参り」が毎月28日に支部ごとに地域で行われています。1128日は今年次最後で、教会道場で行われました。

                     

                    「感謝のお礼参り」式典終了後、平成29年次「法の友五人衆」の活動報告会があり、各支部の今年一年の活動の成果を発表しました。

                     

                    支部独自に地域で春季彼岸会、水子供養、地区大会等の行事が開催されました。

                     

                    支部長さんを軸に、主任さん、組長さんを中心に「法の友五人衆」体制で支部の行事を計画・実施し、手取り布教伝道活動に取り組んできた成果を、映像を使ったり、寸劇を交えて布教活動の様子を演じたりして発表しました。但馬道場からも、寸劇や歌による発表の様子が中されました。

                     

                    行事を計画し、教会道場へ足を運ぶことができにくい会員さんをお誘いする中できめ細かい触れ合いをしながら功徳の確認ができ、新しい活動会員が育ち、五人衆の班が増えたり、導きに繋がったり、壮年青年の活動にも繋がってきたことなど、多くの成果が発表されました。

                     

                    地区大会の内容は、嫁と姑の料理教室、趣味の教室、趣味の作品の展示会、研修・法座、お茶会法座等々独自の特色を生かした行事が多くありました。

                     

                     課題として、年間計画を立てること、一人ひとりを大切にすること、より細やかな手取りをすること、だれもが参加しやすい企画を立てること等、そして信頼関係を深め、信仰につながる支部活動を目標に、青壮年の輪も広めていきたいという発表がありました。

                     

                    教団創立80周年の来年に向かって、各支部とも五人衆のより一層の活躍を確認し合いました。

                     

                    最後に吉田教会長よりまとめの言葉を頂きました。                                                                        

                     

                                                                         合掌

                     


                                    寸劇による活動報告                

                     

                    256

                                映像による活動報告

                     

                               但馬道場からの報告中継

                     

                     

                     

                    青年部BBQ の様子                    地区水子供養の様子

                     

                                                                                 

                    明るい社会づくり運動講演会          趣味の作品展示の様子

                     

                     

                    「教会長のまとめの言葉」主旨

                     

                    『私は昨年12月に姫路教会に就任して1年になります。「法の友五人衆」という布教のあり方(布教システム)を5、6年続けきてここに定着してきたとということでありました。1年間の布教していくスケジュールが、主任さんを中心に支部長さん方がまとめてこられたので、今日の発表のように きちっと続いてきているのだと思います。真剣に一年間布教伝道に取り組んでこられたので今日前に出られた主任さんお一人お一人が何か感じることがあっただろうと思います。私も今年一年間ご一緒させていただきながらなるほどと思わせていただきました。いよいよ来年は創立80周年を教団は迎えていくのであります。 

                     

                    但馬を含めた11各支部が支部長さんを中心に主任さん、組長さんと一緒になって地区大会、お彼岸会(春季)、水子供養またその間に本部参拝などを通して一生懸命お手取りをしていただいた成果を、今日は短い時間で見事に発表していただきました。11月の締めくくりに教会全体で法の友五人衆の感謝の報告会を各支部がされました。全支部が何らかの形で(中身はともあれ??? )法の友五人衆の活動の中で、一生懸命布教伝道してこられた一人ひとりの功徳を確認できているので、全体の発表の内容に、お互いが共感を持ち合うことができたのではないでしょうか。

                     

                    このまま、来年も一人ひとりを大切にする・せっかく佼成会のご縁に触れている会員さんでありながらこちらの都合でお手取りができなく寂しい思いをかけている人が一人でもいないようにしっかりと布教伝道をさせていただいて、来年もみんなで「今年一年頑張ったね」といえる報告会になることを楽しみしたいと思います。

                     

                    共々に、教団創立80周年を新たな出発の年として会長先生を中心にしっかりと布教伝道させていただくことをお願い申し上げて、結び総評とさせていただきます。』

                     

                     

                     


                    平成29年12月度 姫路教会行事予定

                    0

                      11月30日〜12月1日       団参

                       

                      12月 1日(金)   9:00〜   朔日参り(布薩の日)

                              19:30〜21:30  夜間朔日参り(当番:姫路南支部)

                               

                      12月7日〜8日          団参


                      12月 8日(金)   9:00〜   成道会


                      12月10日(日)   9:00〜   脇祖さまご命日


                      12月15日(金)   9:00〜   迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

                       

                      12月23日(土)11:00〜13:30 少年部クリスマス会

                       

                      12月24日(日)   9:00〜   法座納め・大掃除・お身拭い

                       

                      12月25日(月)〜31日(日) 自由参拝


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