令和2年7月度 教会長のお話

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     令和2年7月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、

    文末に感じたことを書かせていただきます。

     

     今月は、『いま、自分にできることを』というテーマを、

     ○ 菩薩として何を願い、誓うか   ○ いまが「習学」のチャンス 

     の2段落でご解説いただいた。

     

     まず、『菩薩として何を願い、誓うか』の段落では、

     

     「信心の母にしたがふ盆會(ぼんえ)かな」(飯田蛇笏(いいだだこつ))と詠まれる盂蘭盆(うらぼんえ)の法要も、今月、家族そろって教会道場やお寺に参拝してとなると、それはまだ難しい情勢かもしれません。

     仏心とは「一切衆生(いっさいしゅじょう)を救うの心」と教えられていますから、私たちは、いま世界中に広がっている病気によって苦しむ人たちに心を寄せ、事態が早く終息に向かうことを願うばかりです。一人ひとりが、自分にできることは何かを考え、それを日々、粛々と実践していきたいと思います。

     それで思い起こされるのが、大地から忽然と湧き出て、この娑婆(しゃば)世界で仏の教えを弘め、実践をとおして「すべての人を救おう」と誓う無数の菩薩(ぼさつ)たちです。

     法華経(ほけきょう)の「従地涌出品(じゅうじゆじゅつほん)」に登場するそれら「地涌(じゆ)の菩薩」の代表が、上行(じょうぎょう)、無辺行(むへんぎょう)、浄行(じょうぎょう)、安立行(あんりゅうぎょう)の四菩薩ですが、これは、仏道を歩むものが最初に「仏さまのようになりたい」と願ったとき、つまり菩提心(ぼだいしん)を発(おこ)したときに誓う「四弘誓願(しぐせいがん)」を象徴的に示しているものと受けとめられます

    上行 ―― 仏の道は無上であろうとも、必ず成就しよう。

         (仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)

    無辺行 ―― 仏の教えは無尽であろうとも、必ず学び尽くそう。

         (法門無尽誓願学(ほうもんむじんせいがんがく)

    浄行 ―― 煩悩(ぼんのう)の数は無数であろうとも、必ずすべてを断ち切ろう。

         (煩悩無数誓願断(ぼんのうむしゅせいがんだん)

    安立行 ―― 衆生の数は無辺であろうとも、必ず救い尽そう。

         (衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)

     ただ、この四つの誓願のそれぞれを生活に重ねあわせて、日常どのように実践すればいいのかに迷う人もいそうです。仏教を易しく説かれた、禅宗の松原泰道師は、「四弘誓願」を実践的な人生訓として次のように表現しています。

     衆生無辺誓願度 ―― 身近な人に奉仕(布施)をしよう。  

     煩悩無数誓願断 ―― 足もとのごみを一つ拾おう。

     法門無尽誓願学 ―― 一日に一つ、教えを学ぼう。    

     仏道無上誓願成 ―― 永遠の路(みち)を一歩一歩ゆっくり歩もう。

     みなさんはいま、仏道を歩む菩薩として何を願い、何を誓って、一日一日をすごしているでしょうか。

     

     『いまが「習学」のチャンス』の段落では

     

     「四弘誓願」を参考にして、自分にいま何ができるかを考える人は、いうまでもなく仏の教えを信じ、実践する志(こころざし)のある人ですが、それは仏と同じ心になっているということです。「そういわれても」と、気後(きおく)れする人があるかもしれませんが、教えにふれて「仏さまのようになりたい」という気持ちを起こしたとき、私たちはすでに、仏の心と一つになっているのです。

     仏と私たちは、「一体不二(いったいふに)」といわれます。凡人も聖人も、その本質は一つという意味の「凡聖不二(ぼんしょうふに)」という言葉もあります。私たちに仏の教えの尊さがわかるのは、その根っこにある「すべての人を救いたい」という尊い願いが自分にもあるからです。人間として命をいただいたということは、仏と同じものを具(そな)えているということ――それを信じることが信仰であり、信心といえるでしょう。

     その意味で、いまはまさに、自分の信仰のありようをふり返り、日々の実践という「習学(しゅうがく)」の繰り返しをとおして、菩薩の自覚を高めるいい機会なのかもしれません。

     ところで「従地涌出品」では、先の四菩薩のような人を、「衆生の見んと楽(ねが)う所」、すなわち「すべての人がお目にかかりたいと渇望(かつぼう)するような方々」だといいます。

     私にも、本会の先輩や他宗教の方のなかに、「またお目にかかりたい」と思わせられる方がいますが、その方々に共通するのは、神仏などを尊び敬う心が強く、一方では苦しみや悲しみの底に沈む人を常に思いやる、情愛あふれるという点です。私たちも、そのような菩提心を発して、日々に精進(しょうじん)をしてまいりましょう。

     

    と、締めくくられた。

     

     いよいよ布教活動が再開されるようになり、幹部さん方は、教会活動はまだ制限がありますが、信者さんの手取りは、三密を避けて進めていけるようになりました。

     心配行をさせて頂くにあたり、今月の会長先生のご指導から、まず自らの精進の方向を定め、本化地涌の菩薩(実践を旨とする菩薩、本仏から教化された菩薩)の自覚に立って「四弘誓願」の心を誓わせて頂きましょう。

                                  合掌

     

                                                                   立正佼成会 姫路教会

                                   たかとし

                              教会長 吉 田 高 聡

     

     

     

     

                                     



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