7月度 教会長のお話

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     7月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

     今月は、『和らぎをもたらす言葉』というテーマを、

     

    〇 正直に、誠実に  〇 かなしみを抱いて 

    の2段落でご解説いただいた。

     

     まず、『正直に、誠実に』の段落では、

     

     釈尊の基本的な教えである「八正道」の一つに、「正語[しょうご]」がある。

    その意味は、真理にかなう言葉を語るということ。ふだんは「正しく語る」ことをほとんど意識していない。よって、「正語」と言われても、すぐに生活実践と結びつく人は多くないかもしれない。それでも、日ごろ人と接する際、私たちはその場が和むような会話を自然にしているはずです。なぜなら、そのほうが楽しいからであり、そして、安らぐからです。

     「正語」は「有益な言葉を語る」と受けとめることもできるが、調和や和合は私たちが生きるうえでたいへん重要なこと、有益なことですから、その場が和らぐ言葉は、まさに「正語」と言える。 

     ただ、私たちはときに、調和や和合を乱すような言葉を使ってしまいます。その第一は、自分に都合のいい嘘をついたり、真実を偽って伝えたりすることです。

     釈尊は、在家の弟子に向けた説諭のなかで、「他人に向かって偽りをいってはならない」と明言されている。嘘は他人を惑わせ、和合を破り、結局は自分を苦しめる。そのように考えると、「正語」を実践するうえで大事なのは、何をどう話すかというよりも、正直に生きる誠実さを忘れないことなのかもしれない。

     言葉の内容ではなく、対話する相手と向き合う姿勢ということで思い起こすのは、ノルウェー国教会オスロ名誉司教のグナール・スタルセット師の会議での姿勢。国際会議の席で意見が分かれるようなときでも、その場をじつにうまくまとめていかれる。とはいえ、師が饒舌なのではなく、むしろ、寡黙な方。さまざまな声にじっくりと耳を傾け、求められれば穏やかに見解を述べつつ、最後に「では、このようにしてはどうでしょうか」と、皆さんに諮る[はかる]

     立場の違う人が集まる席では、議論が紛糾することもあります。そこに調和をもたらすのは、人の意見をよく聞いて思いを酌みとる姿勢と、自我を抑えた公平な態度から発せられる言葉だということでしょう。師の示すこの姿勢には「正語」の意味あいの核心が示されている。

     

     『かなしみを抱いて』の段落では

     

     日本語で、漢字の「愛」は「かなし」という。愛する、慈しむということは、悲しむということであり、母親がわが子を愛おしむ心、といえばわかりやすいかもしれない。「正語」、すなわち「正しく語る」ということのなかには、そうした慈しみ、悲しむ心と、相手の幸せを念ずる情が籠められているのではないでしょうか。

     「愛語は愛心よりおこる、愛心は慈心を種子とせり」とは道元禅師の言葉であるが、スタルセット師の言葉には、宗教者に共通する慈愛の念が籠められており、だからこそ誰にも受け入れられるのだと思う。良寛さんが放蕩三昧[ほとうざんまい]の甥を改心させたのは、説諭の言葉でも叱責でもなく、甥を思って流したひと筋の涙だった。慈愛に満ちた沈黙によって伝わる「正語」もあるということ。

     私たちの幸せをだれよりも念じて下さる両親やご先祖の愛心を、この盂蘭盆会の時期にあらためてかみしめてみるのもいいのではないか。

     

     と、締めくくられた。

     

     今月は「八正道」の三つ目の、「正語」を学ばせて頂きました。

    『円満な人になる』(4月号ご法話)という目標に向かって、まず、自行をしっかりと身につけることの重要性をお示しいただきました。

    ❝ 楽しく生きる ❞ ための「正見」(5月号)は、「天地のはたらきを素直に見ること」。

    ❝ 踏みとどまる ❞ ための「正思」(6月号)は、「『思いやりの心で考える』習慣を身につけること」。

    そして、❝ 和らぎをもたらす言葉 ❞ としての「正語」は、「正しく語る」ことと、また、「正語」には慈愛に満ちた沈黙によって伝わるものもあると、ご指導をいただきました。

     

    「八正道」の学びを深めながら、三つの基本信行の実践に、一層取り組むことを誓願させていただきましょう。

     

     

                                                                          合掌

     

                                                                   立正佼成会 姫路教会

                                  たかとし

                             教会長 吉 田 高 聡

     

     

     


    7月度 姫路教会行事予定

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      7月 1日(日)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

       

      7月3〜4日           本部団参


      7月 4日(水)   9:00〜    開祖さまご命日

       

      7月 8日(日)   9:30〜    姫路城夏季お城掃除

       

      7月10日(火) 9:00〜            脇祖さまご命日


      7月15日(日)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

                       盂蘭盆会

       

      7月28日(土)         感謝のお礼参り(各支部)


      6月度 教会長のお話

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         6月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

         今月は、『踏みとどまる』というテーマを、

         

        〇 まず、ひと呼吸  〇 思いやりの心で 

        の2段階でご解説いただいた。

         

         まず、『まず、ひと呼吸』の段落では、

         

         現存する経典のなかで最も古いものの一つとされる法句経[ほっくきょう]に、「走る車をおさえるように、むらむらと起る怒りをおさえる人――かれをわれは<御者[ぎょしゃ]>とよぶ」という一節があります。

         ここで釈尊は、怒りをコントロールすることの大切さをお諭しくださっています。

         

         怒りや欲、自己中心の考えに流されそうになったとき、どうすれば踏みとどまることができるでしょうか。

         私は、とりあえず「ひと呼吸おく」ことをおすすめします。

        一度、深呼吸をするだけで少し心が鎮まります。できれば、ひと晩おいて冷静に考えるのも大切なことでしょう。

         また、信仰をもつ人であれば、心に貪[とん]・瞋[じん]・痴[ち]の黒い雲がわきかけたら、「仏さまはどうお考えになるだろう」「どうなさるだろう」と思いをめぐらせば、冷静さをとり戻せると思います。なかには、神仏のような姿の見えない存在ではなく、「親父ならどうするだろう」「母なら・・・・」と、直接ご縁のあった身近なお手本を思い浮かべ、怒りや欲やわがままな気持ちを落ち着かせる人もいることでしょう。

         

         「八正道[はっしょうどう]」の二つめにあげられる「正思[しょうし]」は、「貪・瞋・痴を離れ、仏さまのような大きな心で考える」ということです。それを生活に即していえば、感情や衝動に駆られそうになったら、まず「ひと呼吸」入れて踏みとどまる、というところに、実践※の入り口があるのではないでしょうか。

             ※三つの基本信行の実践(,感〕棔´導き、手取り、法座 

                         ご法の習学)

         

         『思いやりの心で』の段落では

         

         貪欲[とんよく](欲ばり)、瞋恚[しんに](怒り)、愚痴[ぐち](自己中心の愚かさ)という「意の三悪」をなくし、大きな心で考える――その大切さは、みなさんも理解していると思います。ただ、それゆえ「そういう人になりましょう」「欲のとらわれから離れましょう」などといわれればいわれるほど、「いつまでも自分が、欲や怒りや自己中心の心から離れられないダメな人間に思えてしまう」という、あきらめにも似た嘆きを聞いたこともあります。そこで、少し見方を変えて「正思」の内容を吟味し、理解を深めてみてはどうでしょう。

         

         欲ばる心、怒りの心、他を蔑[ないがし]ろにする心のないのが「正思=正しく考える」ということですが、それは「分けあう心」「あたたかく接する心」「いたわる心」で考える、と言い換えることができます。そして、それをひとことでいえば「思いやり」にほかなりません。つまり、ここでいう「正しく」とは、「思いやりの心で」ということになります。

         完璧な人間はいません。ですから、ときには欲張ったり怒ったりする心を抱えながらも、「思いやりの心で考える」習慣を身につけることが大切だということです。

         そうすると、だれでも仏さまのような大きな心で考え、行動できます。しかし、先の「踏みとどまる」にしても、「思いやりの心で」ということにしても、人生にはそれがほんとうに難しい局面が一再ならず訪れるものです。

         人とのトラブルなどで激しい感情にふり回されそうなときほど、静かに大自然のありようを想い、心の枠を広げてみましょう。天地自然と私たちが一つであるように、目の前の人とも一つなのだ――そうした気づきによって、私たちは自らの心の<御者>になれます。仏さまのような大きな心で、感謝の人生を歩むことができるのです。

         

         と、締めくくられた。

         

         

         今月も、すべてが要点のように解りやすくご指導いただきましたので、ほとんど全文を引用させていただきました。

         5月号で、しばらくの間、「八正道」を学んでまいりましょう、とご指導いただき、今月は「八正道」二つ目の、「正思」を学ばせていただきました。

         

         

        『 円満な人になる 』という目標に向かって、まず、自行をしっかり身につけることの重要性をお示しいただき、7月以降のご法話が楽しみであります。

         

         

                                                                              合掌

         

                                                                       立正佼成会 姫路教会

                                      たかとし

                                 教会長 吉 田 高 聡

         

         

         

         


        6月度 姫路教会行事予定

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          6月 1日(金)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

                  19:00〜21:00  夜間朔日参り

                          (当番:姫路東支部・相生支部)


          6月 4日(月)   9:00〜    開祖さまご命日

           

          6月10日(日) 9:00〜            脇祖さまご命日


          6月15日(金)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

           

          6月28日(木)         感謝のお礼参り(各支部)


          5月度 教会長のお話

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             5月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

             今月は、『楽しく生きる』というテーマを、

             

            〇 どちらが楽しいか  〇 「中道(かたよらない)」が大事 

            の2段階でご説明いただいた。

             

             まず、『どちらが楽しいか』の段落では、

             

             本会の年中行事である「寒中読誦修行」の期間中雪が降り積もり、道場に足を運べない数多くの方がおられ、東京でも交通機関が停滞するほどの降雪があり、その時、大聖堂でこんな声を聞いた人がいました。

            「人がせっかく寒修行をしているのに、どうしてこんなに雪が降るんだ!」。早朝に家を出て、自動車やバス、電車で参拝する人にとって雪は困りものですから、グチが出るのも当然かもしれません。

             一方で、ある人はつぎのような声を耳にしています。

            「雪のおかげで、ほんとうに寒修行らしい修行をさせていただけて、ありがたい!」

             さて、みなさんは、どちらの見方をする人が、楽しく生きられると思いますか。私は、後者に軍配が上がると思います。

            けっして、むずかしいことをいっているわけではありません。

            ただ、天地自然の変化を素直に見て、それをありのまま受けとめているところがすばらしい。

            しかも、素直に受けとめているだけなのに、自分にもまわりの人にも、寒さや眠気を吹き飛ばすように感じさせるのはなぜなのでしょう。

             それは、ものごとを「正見」で見るか、どうか、その違いだと思います。

             

             『「中道(かたよらない)」が大事』の段落では

             

             仏教で説く「八正道」の「正見」は、「正しい」という言葉の語感から、容易にはできないこと、悟った人だけが会得できることのように思いがちです。

            「正見でものごとを見る」というと、「それは無理だ」と即座に反応する人もいそうですが、先の雪の日の例のように天地自然のはたらきを素直に見る ―― それが「正見」ではないでしょうか。

             

             また最近、心臓の手術を終えて退院された方が、「これまでは、心臓が動いていることに感謝したことなどありませんでした。でも、それは当たり前ではなかったんですね」と、しみじみ話してくれました。「ああ、これが正見なのだな」と、そのとき私は教えられた思いがしました。

             自分の意思とは関係なく、心臓が休みなくはたらいている。

            その自然の摂理を直視し、爽やかな感動が病気の不安をかき消して、いかにも気持ちが楽になった様子が、その表情から見てとれたからです。

            そして、いま・ここに生きているという事実を「正見」で見れば、病気もまた、ありがたいことと気づくことができる感謝の対象であると、あらためて教えていただきました。

             

             「諸行無常(しょぎょうむじょう)・諸法無我(しょほうむが)・一切皆苦(いっさいかいく)」という、この世の真理に照らしてものごとを見る。それが、「苦を滅する正しい道」として教えられる「八正道」の、最初に説かれる「正見」です。

            それは、仏さまの教えに則って生きる基本であり、またすべてということができるかもしれません。

             

             ただ、快楽に溺れて苦しむことなく、苦行や禁欲に縛られるのでもない「中道」の生き方を教えるのが仏教ですから、実践が困難では意味がありません。

            そこで、「正しい」という言葉の意味あいとあわせて、いましばらくの間、みなさんとともに「八正道」を学んでまいりたいと思います。
             

             と、締めくくられた。

             

             

             4月は、『 円満な人になる 』というご法話をいただき、釈尊のような ❝ 悲智円満(ひちえんまん) ❞ が身についてくると、妙好人のようなものの見方(または、❝ コップの水の見方 ❞ )ができるようになる、そうすると人生を楽しく生きていける。

             今月は、4月の続きとして、「円満な人になる」ために、「楽しく人生を生きる」ため「八正道」の最初の「正見」を身につける精進から始める

            そのためにも、「中道」という意味と、「正しい」という意味をしっかりと学ばせていただきたい。

             

             

             

                                                                                  合掌

             

                                                                           立正佼成会 姫路教会

                                          たかとし

                                     教会長 吉 田 高 聡

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             


            5月度 姫路教会行事予定

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              5月 1日(火)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

                      19:00〜21:00  夜間朔日参り(当番:姫路南支部)

                       

              5月2日〜7日          自由参拝


              5月 4日(金)   9:00〜    開祖さまご命日

               

              5月10日(木) 9:00〜            脇祖さまご命日

               

              5月12日(土)         お城まつり


              5月15日(火)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

               

              5月20日(日)         第49回青年の日

               

              5月28日(月)         感謝のお礼参り(各支部)

               

               

                  


              4月度 教会長のお話

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                 4月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

                今月は、『 円満な人になる 』というテーマを

                 

                〇 あいさつ一つで 〇 悲しみを知る人に の2段落でご解説いただいた。

                 

                 まず、『 あいさつ一つで 』 の段落では、

                 

                 ある職場に、朝のあいさつをとてもていねいにする人がいたそうです。

                しっかりと相手の顔を見て、「おはようございます」といいながら、頭をゆっくり下げる。

                それだけのことなのですが、慌ただしい朝の空気のなかで、ていねいすぎるその姿勢を煩わしく思う同僚もいたといいます。

                 ところが、しばらくすると職場の雰囲気が変わってきました。

                それまで、すれ違いざまに「おはよう」と言い交わしていた人たちも、それぞれが相手としっかり向きあってあいさつをするようになり、やがて職場の空気が和らいできたというのです。

                 

                 円満とは、人格が「十分に満ち足りて、欠点や不足のないこと」です。

                ですから「円満な人になる」といえば、いわば人間の理想に近づくことで、仏教徒にとっては仏さまのような人になることを意味します。

                 

                 人に安心や満足を与え、そのことをとおして、相手に「人と仲よくしたい」という気持ちを発(おこ)さしめたり、その場に調和をもたらしたりするのが仏(ぶつ)・菩薩(ぼさつ)のはたらきと受けとれば、朝のあいさつ一つで人の心を動かし、職場に和らぎをもたらした人は、まさに円満な人そのものです。

                 

                だれもがみな、仏性を具えていることの証ともいえましょう。この春、新たな出会いを円満な人間関係にする決め手も、あいさつをとおして相手の仏性を拝むことにあるといえるかもしれません。

                 

                  『 悲しみを知る人に 』 の段落では、

                 

                 人間の本質が仏性であり、人格円満であることを示す話、江戸時代の妙好人(みょうこうにん)(浄土真宗の篤信者(とくしんじゃ))の二人。

                 

                 奈良の吉野の清九郎という人は、留守宅にあったお金を盗まれたとき、「私のような者の家に盗みに入るその方は、よほど困っていたのでしょう。たまたまわが家にお金があったのでその人も得るものがあり、うれしく思います」と。

                そして、「私はいま、仏の慈悲に導かれて “ 盗まれる身 ” にさせてもらい、これほどうれしいことはありません」と語ったというのです。

                 

                 また、大阪の物種吉兵衛(ものだねきちべい)さんは、「よいときばかり喜ぶのならだれでも喜ぶ。どのような難儀なことに遇うても、その難儀の底にかかってある仏法や」と、困難が教えてくれる「感謝の種」に気づける喜びこそ信仰の醍醐味(だいごみ)であり、真骨頂(しんこっちょう)であることを伝えています。

                 

                こういう方々の心には、み仏に生かされていることへの感謝と、人に対する慈悲、思いやりがあるばかりです。

                 

                 円満とは、人格が「満ち足りて、不足がないこと」の意で、それはまた、なにごとも「ありがたい」と感謝で受けとめられる温かな充足感そのものといえます。

                 

                 ところで、先の清九郎さんは父親を早くに亡くし、母親との貧しい暮らしの中で出会った妻とも、三十三歳のときに死別しています。悲しみやつらさを、とことん味わったからこそわかる、人の心の痛み。

                そこからわき出る慈悲の思いが、おのずから人を救う智慧を発さしめたのでしょう。

                 

                菩薩の心の奥には七転八倒の苦悩があり、言葉に尽くせない思いがある。

                 

                 「悲智円満(ひちえんまん)」という言葉があります。

                釈尊も、私たちも、慈悲と智慧をあますことなく発揮するために、この世に生まれてきたといわれています。
                 

                 と、締めくくられた。

                 

                 

                 今月は、すべてが要点ですので、ほとんど全文を載せましたが、

                『 降誕会 』を迎え、お釈迦さまと私たちは同じ使命をもってこの世にいのちをいただいたと、会長先生はお示しくださいました。

                 

                「 悲智 」の意味は、智慧にもとづかない慈悲は本当の慈悲ではない、ともいわれます。

                 

                釈尊にはほど遠い私たちが慈悲と智慧をあますことなく発揮するためには、まず、あらためて三つの実践の「朝のあいさつ」から真心でさせていただく実践と、ご法の習学を深めることを、今月はしっかりと精進させていただきましょう。

                 

                 

                                                                                      合掌

                 

                                                                               立正佼成会 姫路教会

                                              たかとし

                                         教会長 吉 田 高 聡

                 

                 

                 


                4月度 姫路教会行事予定

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                  4月 1日(日)   9:00〜    朔日参り(布薩の日)

                                   姫路教会発足54周年記念日

                           

                  4月1日〜6日           大学生沖縄平和学習


                  4月 4日(水)   9:00〜    開祖さまご命日


                  4月 8日(日)   9:00〜    降誕会

                           13:15〜14:45 花まつりキャンペーン(城見台公園)

                   

                  4月10日(火) 9:00〜            脇祖さまご命日


                  4月15日(日)   9:00〜    釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)

                   

                  4月28日(土)         感謝のお礼参り(各支部)

                   

                  4月29日(日)   9:00〜10:30 みどりの美化キャンペーン

                                  (姫路市協賛:姫路市内清掃奉仕)

                   

                  4月30日(月) 9:00〜    お城まつり祈願供養

                           10:00〜    お城まつり練習

                           11:00〜    お城まつり全体会議

                   

                   

                      


                  3月度 教会長のお話し

                  0

                     3月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

                    今月は、『 地域の人びとと共に、幸せに 』というテーマを

                     

                    〇 多くの菩薩が住む街に、 〇 ぬくもりを家庭から地域へ の2段落でご解説いただいた。

                     

                     まず、《 多くの菩薩が住む街に 》の段落では、

                     

                     多くの方のおかげさまで、本会は今年、創立80周年を迎えました。

                    開祖さまは今から30年前、50周年の年に、本誌で「 究極の目標は世界人類の救済にあろうとも、あくまでも身辺のことをおろそかにせず、まず目の前の一人を救い、おのれの家庭を調え、地域社会の浄土化へ進むという、着実な歩みも忘れてはならない 」(昭和63年・3月号)

                    と、示されたこの決意を、私は、節目を迎えて新たな一歩を踏みだそうとするいま、あらためてかみしめています。

                     

                     開祖さまはよく、「 地域のお役は喜んで受けなさい 」ともいわれましたが、自分の住む地域のために力を尽くし、隣近所に困っている人がいれば寄り添い、悩みがあると聞けば話をよく聞かせていただく。

                    そういう菩薩のような人がたくさん住む地域にしていくことが、みんなの幸せを願う私たちの理想ではないでしょうか。

                    その意味でいえば、もし暗い表情をして沈んでいる人がいたら、その心に一灯を点じて笑顔をとり戻し、地域全体を明るく照らしていくのが信仰をもつ私たちの精進であり、役割だと思うのです。

                     

                     《 ぬくもりを家庭から地域へ 》の段落では、

                     

                     夕暮れの街を数時間、高台から撮影した映像を見たら、日が落ちるにつれて一軒、また一軒と灯りがともり、やがて街全体が夕闇の底に明るく浮かび上がってくるのですが、地域に幸せが広がるというのは、この光景のようなものかもしれません。

                    そして、その最初の一軒は、みなさんのご家庭です。

                    家族がみんな仲よく、それぞれが敬いと親愛で結ばれて、心安らいでいる。 ❝ わが家 ❞ をそういう家庭にすることが、地域全体の幸せの始発点になるのです。

                     なぜなら、地域や近所の人のことを思う皆さんの気持ちは、たとえば道の掃き掃除をするときでも、自然に隣の家の前まで掃いておこうという行動になってあらわれるからです。

                    散歩の際には、たとえ見知らぬ人であっても、元気に自分からあいさつをすることでしょう。そうして少しずつ人と人とが和み、自他の心が耕されていくことで、共に地域を照らす仲間―――菩薩もまた少しずつ生まれるのだと思います。

                     

                     また本会には、各地域に教会道場があります。信者の皆さんにとってのオアシスであるばかりでなく、どなたにとっても身心が休まる場所であることが望まれます。

                    ただ、それには私たちが率先して地域に働きかけることが大切です。

                    「 出入口 」という言葉が示すように、まずこちらから一歩を踏みださなければ、入ってきてはいただけないのです。そのことを踏まえ、ぜひ地域のみなさんと一つになって、街全体をオアシスのようにしていただきたいと思います。
                     

                     と、締めくくられた。

                     

                     3月は、教団創立80周年の月であります。100周年に向けての、

                    マザープログラム 「 惜しみなくつながる 〜菩薩を育てる苗代となる〜 」

                    をお示しいただいて、今年の精進が始まりました。

                     

                    その精進の具体的な在り方、身近な実践行動を今月はまた、会長先生はわかりやすくご指導くださいました。

                    その深いお慈悲にお報いすべく、今月もしっかりと精進させていただきましょう。

                     

                                                                                          合掌

                     

                                                                                   立正佼成会 姫路教会

                                                  たかとし

                                             教会長 吉 田 高 聡


                    2月度 教会長のお話し

                    0

                       2月号「佼成」の会長先生の「ご法話」を拝読させていただき、感じたことを書かせていただきます。

                      今月は、『 人生を 厳粛なものに 』というテーマを

                       

                      〇 厳粛に生きるとは    ・・・

                      〇 心のスイッチを入れる  ・・・ の2段落でご解説いただいた。

                       

                       まず、《 厳粛に生きるとは 》の段落では、

                       

                       そもそも一人ひとりの一生は、「生まれる・老いる・病む・死ぬ」のどこをとってみても厳粛以外の何ものでもありません。意識していないだけで、私たちはみな厳粛な人生を歩んでいるのです。

                      そうすると、そのことを明らかに知る、真理を自覚して生きることが、人生を厳粛なものにする鍵といえそうです。

                       

                       「厳粛」を辞書で引くと「おごそかで心が引き締まるさま」とあり、ある方はきわめてわかりやすく「厳粛とは、無常観に立って、いまを大切に生きること」といわれ、1日を、1時間を、そしていま目の前の1分1秒をおろそかにしないで、ていねいに暮らすことが大切なのです。

                       そのように捉えると心に余裕が生まれますから、気持ちもゆったりと落ち着いて穏やかになり、まわりの人とも仲よく、楽しくすごせ、そういう時間の積み重ねが、幸せで、かつ厳粛な人生といえるのでしょう。

                       

                       一休禅師の道歌「死んでから仏になるはいらぬもの 生きたるうちによき人となれ」、

                      あの世に行ってから厳粛になるのではなく、いまこの娑婆ですでに厳粛な人生を歩んでいる真実をかみしめ、1日1日を確かなものにしていきたいものです。

                       

                       《 心のスイッチを入れる 》の段落では、

                       

                       教育者の東井義雄先生が、小学校の校長をされていたとき、ある教室に掲げられていた言葉、

                      「ずいぶん 寒くなったが/いつまでも 寝床の中で/グズグズしていないで/心のスイッチをポンと押して/パッととび起きようではないか/ポンとスイッチを押すと/パッとあかりがともるように/朝起きも ポン・パで行こう」

                       

                       いまはちょうど一年でいちばん寒い時期ですから、この「ポン・パ」は、いろいろなシーンで活用できそうです。それぞれが苦手とすることに当てはめてみてもいいですし、日常生活のなかで真理を自覚することについても、この「心のスイッチ」は役に立つように思います。

                       

                       朝、ご宝前にお参りするとき、学校や、職場や、教会道場へ出かけるために家を出るとき、「おはようございます」と人とあいさつをかわすときなど、毎日、何気なく行っていることのどれか一つを「心のスイッチ」を押すきっかけにして、心に「ポン」と「真理の電流」を流し、「きょう一日、出会う人を大切にしよう。時間を有意義に使おう」というような「真理の灯り」を心に「パッ」とともすのです。

                      「ありがとう」という感謝の言葉も、私たちが「いま・ここに存在する」という厳粛な事実から生まれた「有り難い」を語源とするものであり、真理をかみしめるための「心のスイッチ」にはうってつけといえるでしょう。こうした習慣が身につけば、ことさら意識しなくても、私たちの日常は自然に厳粛なものになっていきます。

                       

                       入滅される前、釈尊は

                      「すべては移ろいゆく。怠ることなく精進しなさい」

                      といい残されました。

                      涅槃会には、ご自身の死に際して、あらためて無常の法を説き、精進を促された釈尊のお心に思いを寄せてまいりたいと思います。

                       

                       と、締めくくられた。

                       

                       

                       1月は、「 自灯明 ・ 法灯明 」の心構えをいただきました。

                      この教えも釈尊ご入滅前のお説法でありますが、いよいよご入滅される際のお言葉が、上記の『 無常観 』であります。

                       

                       2月「 涅槃会 」の今月は、仏教の根本義「 三法印 」(変化と関係)を「 導き ・ 手取り ・ 法座 」の基本信行を通じて、しっかりと自覚を深める精進をさせていただきましょう

                       

                                                                                            合掌

                       

                                                                                     立正佼成会 姫路教会

                                                    たかとし

                                               教会長 吉 田 高 聡

                       

                       

                       


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